自社に最適なデザイン思考ワークショップを選定する:目的別アプローチと実践事例
デザイン思考は、製品開発、サービス改善、組織文化変革といった多岐にわたる領域でその有効性が認識され、多くの企業で導入が進められています。特に、具体的な手法やツールを実践的に学ぶワークショップは、デザイン思考を組織に浸透させるための重要な手段となっています。
しかしながら、市場には多様なデザイン思考ワークショップが存在し、人事・組織開発担当者の方々からは「どのワークショップが自社の目的に最も適しているのか分からない」「参加者のスキルレベルに合わせた選び方が難しい」といった声が聞かれます。本記事では、このような課題をお持ちの皆様に向けて、自社に最適なデザイン思考ワークショップを選定するための具体的な視点と、組織の目的別アプローチ、そして実践的な導入事例をご紹介します。
デザイン思考ワークショップ選定の重要性
デザイン思考ワークショップの効果を最大限に引き出すためには、単に流行のワークショップを選ぶのではなく、自社の置かれた状況、抱える課題、そして達成したい目標に合致するものを慎重に選定することが不可欠です。目的と乖離したワークショップは、期待する効果が得られないばかりか、時間的・金銭的なコストの無駄となり、参加者のモチベーション低下を招く可能性もございます。
貴社の組織文化、参加者のデザイン思考に対する現在の理解度や経験レベル、そしてワークショップ後に期待する具体的なアウトプットや行動変容を明確にすることで、最適なワークショップを見つける第一歩となります。
最適なワークショップ選定のための3つの視点
ワークショップを選定する際には、以下の3つの視点から総合的に検討することをお勧めします。
1. 組織の目的と課題を明確にする
まず、ワークショップを通じて何を解決したいのか、どのような状態を目指すのかを具体的に設定します。抽象的な「イノベーションを起こしたい」といった目標だけでなく、より具体的な課題に落とし込むことが重要です。
- 新規事業創出・新サービス開発: 新しい市場機会の発見、顧客ニーズの深掘り、プロトタイプの迅速な作成と検証
- 既存事業・サービス改善: 顧客体験の向上、業務プロセスの効率化、従業員エンゲージメントの向上
- 組織文化変革・デザイン思考マインドセット醸成: 従業員の顧客視点強化、部門横断的なコラボレーション促進、失敗を恐れない挑戦的な文化の醸成
- 特定スキルの習得: ユーザーインタビューの実施、プロトタイピング技術、アイデア発想手法の習得
例えば、「イノベーション人材の育成」という目標であれば、「顧客課題を発見し、解決策を企画・検証できる人材を〇名育成する」といった形で具体化することで、必要なワークショップの内容が明確になります。
2. 参加対象者と期待するスキルレベルを考慮する
ワークショップに参加する対象者の属性(役職、部門、経験年数など)と、デザイン思考に関する現在の知識レベルを把握します。
- 経営層・マネージャー層: 戦略的意思決定に繋がる視点や、デザイン思考を活用した組織運営のヒントを求める傾向にあります。概念的な理解と成功事例の共有、リーダーシップの役割に焦点を当てた内容が有効です。
- 新規事業担当者・企画部門: 実際に新規事業のアイデア出しから検証までを実践的に行いたいと考えるでしょう。デザインスプリントのような高速でアイデアを検証する手法が適しています。
- 現場のサービス開発者・エンジニア: 自身の業務にデザイン思考をどのように組み込めるか、具体的なツールやフレームワークの使い方に興味があります。カスタマージャーニーマップ作成やユーザーテスト実施など、実践的な演習が中心となるワークショップが役立ちます。
また、ワークショップ後に参加者にどのような行動変容やスキル習得を期待するのかを明確にすることで、ワークショップのアウトプットを設計できます。
3. ワークショップの形式と期間を選択する
オンライン形式かオフライン形式か、短期集中型か複数回にわたる継続型かなど、ワークショップの形式と期間も重要な選定基準です。
- オンライン形式: 場所の制約を受けにくく、多拠点からの参加が容易です。オンラインツール(Miro, Muralなど)の活用が前提となります。
- オフライン形式: 対面でのコミュニケーションによる一体感や、物理的なプロトタイピングのしやすさが利点です。
- 短期集中型(例: 1日〜数日): 特定のテーマに対する集中的な学習や、デザインスプリントのような高速なアイデア検証に適しています。
- 中長期継続型(例: 数週間〜数ヶ月): 段階的な学びを通じてスキルを定着させたり、実際のプロジェクトにデザイン思考を適用しながら伴走支援を受けたりする場合に適しています。
貴社のリソース(予算、期間、参加者の確保など)と、求める成果のバランスを考慮し、最適な形式と期間を選定しましょう。
目的別ワークショップのアプローチと実践事例
前述の3つの視点を踏まえ、具体的な組織の目的ごとに推奨されるワークショップのアプローチと、その実践事例をご紹介します。
目的A: 新規事業創出・新サービス開発
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アプローチ:
- デザインスプリント: 5日間(または短縮版)でアイデアの仮説検証からプロトタイピング、ユーザーテストまでを一気通貫で行う手法です。高速な意思決定とリスクの低減に貢献します。
- ユーザーインタビュー・エスノグラフィ: 潜在的な顧客ニーズを深く理解するための質的調査手法。共感マップ作成を通じてユーザーの感情や行動を可視化します。
- プロトタイピング集中型: アイデアを形にし、ユーザーからのフィードバックを得ることに特化したワークショップです。
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実践事例: ある大手電機メーカーでは、既存事業の縮小という危機感から新規事業創出を目的としたデザイン思考ワークショップを導入しました。特に、短期間で具体的な成果を出すため、数人の部門横断チームに対し「デザインスプリント」を実践。初日は顧客課題の深掘りとアイデア発散、2日目は解決策のスケッチ、3日目は意思決定、4日目でプロトタイプ作成、最終日には実際のユーザーからのテストを実施しました。この結果、わずか1週間で複数の新サービスコンセプトを創出し、経営層への具体的な提案が可能となりました。この経験を通じて、社員たちは仮説検証の重要性とユーザー中心のアプローチを肌で感じることができたと報告されています。
目的B: 既存事業・業務プロセスの改善
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アプローチ:
- カスタマージャーニーマップ作成: 顧客がサービスや製品を利用する一連のプロセスを可視化し、各接点での体験(感情、行動、課題)を特定します。
- サービスブループリント: サービスの提供プロセスに関わるフロントステージ(顧客と接する部分)とバックステージ(内部プロセス)を詳細に図示し、改善点を発見します。
- アイデアソン: 特定の課題に対し、多様な視点からアイデアを出し合い、具体的な改善策を導き出すワークショップです。
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実践事例: ある金融機関では、コールセンターの顧客満足度向上を目指し、デザイン思考ワークショップを実施しました。ワークショップでは、まず「カスタマージャーニーマップ」を作成し、顧客がコールセンターに連絡してから問題が解決するまでの一連の体験を詳細に分析。その結果、特定のフェーズで顧客が大きなストレスを感じている点や、担当者間の情報共有不足が課題として浮上しました。これらの課題に対し、チームはサービスブループリントを用いてバックオフィス側のプロセス改善点を特定し、短期間で複数部門にわたる業務フローの見直しと新しい情報共有ツールの導入を決定。結果として、顧客の待ち時間短縮と問題解決率の向上に繋がり、顧客満足度スコアが向上しました。
目的C: 組織文化変革・デザイン思考マインドセット醸成
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アプローチ:
- 共感ワークショップ: ユーザーの視点に立つことの重要性を体験的に学ぶワークショップです。インタビューや観察を通じて、共感するスキルを養います。
- ストーリーテリング: アイデアや課題解決のプロセスを物語として語ることで、周囲を巻き込み、共感を呼ぶスキルを習得します。
- デザイン思考入門: デザイン思考の基本的な概念、プロセス、主要ツールを網羅的に学ぶ体験型のワークショップです。
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実践事例: IT企業において、部署間の連携不足と顧客視点の欠如が課題となっていました。そこで、全社的な「デザイン思考マインドセット醸成」を目的に、短期集中型の共感ワークショップを導入。このワークショップでは、参加者がペアになり、互いの仕事や日常の課題について深くインタビューし、共感マップを作成する演習を行いました。これにより、他者の視点に立ち、潜在的なニーズや感情を理解することの重要性を体験的に学びました。ワークショップ後、社内からは「他の部署の仕事への理解が深まった」「日常業務でも顧客の声を意識するようになった」といった声が多数寄せられ、部署間のコミュニケーション活性化と顧客志向の文化醸成に貢献しました。
外部パートナー選定のポイント
自社でワークショップを企画・運営することが難しい場合、外部の専門パートナーに依頼することも有効な手段です。パートナー選定時には以下の点を考慮しましょう。
- 実績と専門性: 貴社の目的や業界における実績があるか、デザイン思考に関する深い知見を持っているか。
- カスタマイズ対応力: 既成のプログラムだけでなく、貴社の特定のニーズに合わせて内容を柔軟に調整できるか。
- ファシリテーション能力: ワークショップを円滑に進め、参加者の主体的な学びを促す高いファシリテーションスキルを持っているか。
- 費用対効果: 提案される内容と費用が、貴社にとって納得できるコストパフォーマンスであるか。
- 伴走支援の有無: ワークショップ後の定着化や継続的な学習、実際のプロジェクトへの適用に対する支援体制があるか。
結論
自社に最適なデザイン思考ワークショップを選定するためには、まず組織の明確な目的設定と、参加対象者の特性や期待するスキルレベルの理解が不可欠です。本記事でご紹介した3つの視点と目的別のアプローチ、そして実践事例を参考に、貴社に最も適したワークショップを見つけるための第一歩を踏み出していただければ幸いです。
ワークショップは単なるイベントではなく、組織の課題解決や成長を促進するための戦略的な投資です。継続的な学習と実践を支援する体制を整え、デザイン思考を貴社の競争力強化に繋げていくことを期待いたします。